社宅に住むのが限界になった瞬間

社宅住まいが精神的に限界になる(Vol1-1)

主人と私、そして一歳前の長女は、当時東京都の板橋区にある社宅に住んでおりました。

  • 最寄りの駅は徒歩10分
  • 主人の職場までは30分
  • 徒歩15分圏内に郵便局、スーパー
  • 児童館、ベビーフードなどの子ども用品の売っている衣料品店

などが揃っており、薬局やホームセンターは近場に無かったものの、比較的、便利な立地だったと思います。

 

その上、社宅なので家賃は周辺の平均的な家賃に比べると格安で環境的には、ほとんど文句がありませんでした。

 

ですが、立地には、あまり不便を強いられませんでしたが「社宅の建物」には悪戦苦闘の日々だったのです。

 

オンボロ社宅

築38年のその建物は、元々独身社員がシェアする形で使っていた部屋でした。
現代的に言えば3Kでしたが、部屋は全てきっちりと別れており台所は廊下にシンクが置かれているだけのような簡易的なものでした。

 

脱衣所の無い風呂は打ちっぱなしのコンクリートに、「1人用」と書いてある浴槽が置いてあるだけ。
水はけが異様に悪く排水口の掃除に追われる日々でした。

 

さらには、ベッドの横に冷蔵庫を置くような室内環境の悪さでした。

 

それでも、仕方ないと思っていたのは、主人は元々関西圏で仕事をする職業で、東京に来たのは三年限定の出向だったからです。

 

三年したらまた関西地方に戻されるため、あくまで仮住まいであるその社宅には、多くは求めないようにしていたのです。

 

お風呂場での事件

しかしその環境に私が限界を迎えてしまいました。
ある冬の日、いつもどおりに長女とお風呂に入っていたときのことです。

 

脱衣所が無いため、湯上りの長女はバスチェアに座りガスコンロ横で体を拭く私を待っていました。

 

その社宅のお風呂は打ちっぱなしのコンクリートが、所々捲れているような古さだったので、スノコを敷いて使用していました。

 

隙間風がひどく、十分に温まったはずの長女の体が冷たかったので、着替え終わった私は長女を支えてもう一度湯船で温めることにしました。

 

しっかりと両脇を支えて湯船にゆっくり入れ始めた途端、足元のスノコが大きな音を立て滑り、バランスを崩した私は胸部を浴槽で打ち付けると共に娘を支えていた手を離してしまったのです。

 

一瞬の息苦しさと、お湯を張った浴槽に沈んでいく娘の姿は三年経った今でも忘れることが出来ません。

 

お風呂場での焦った事故

 

打ったのが胸だったので、急いで長女を引き上げることが出来たものの、もしこれが頭を打って意識が飛んだりでもしたら…
と思うとガタガタと震えが止まりませんでした。

 

長女に異変が無いことを確認してから、私は仕事中であるにも関わらず主人に電話をしました。
「脱衣所があれば、隙間風が入らなければ、スノコを敷くような風呂でなければこんなことはなかった、次はもっと危ないことになるかもしれない、娘が可愛いならもっとマシなところに住ませて!」と泣き喚きました。

 

築38年から新築へ

三年間の出向は残り一年半となっていましたが、主人は翌日には空きのある社宅の候補を持って来てくれました。
三件候補がありましが、全て新築でした。

 

残り一年半とは言え「やはり不便なところよりは便利なところだよね」と武蔵野市の社宅を申し込むことにしました。
入居許可が出たときは心からガッツポーズをしたものです。

 

こうして、待ち望んだ引越しが決まり、浮かれた引越し作業が幕を開けることとなったのです。
次は「二社での値下げ合戦」です。

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